Artesano de Circulos Concentricos

気分徐々に上昇中。

今日は彫金。2月は正直忙しくて行く時間がないのですがどうにかこうにかやりくりして頑張っていこうと思う。

何故なら。。。ストレスで押しつぶされそうだから。

ってほど弱くないんですがねぇ(笑)

さてどんだけの糸鋸を折ったのか分からないほど折りましたがようやく1枚目の切り出しが完成。
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んー成長したなぁって思った。上手になったなぁって。自分で言うのもなんですが本当に続けているとちゃんと成長って形になって見えてくるもんですね。

さて2つ目へ突入。
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糸鋸が変わったらどうして今までってほど折れない。若干太目。同じサイズでもメーカーによって違いがあるのですね。
正直折れていたものの方が切り口が綺麗でなめらか。

さて彫金の後は恵比寿へGO!

今恵比寿ではこんなイベントが催されています。
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これに連動して恵比寿駅近くにある小さなギャラリーLIBRAIRIE6/シス書店にて映像企画展。
ここのオーナー女史が美しくてちっちゃくて(私よりは大きそうですが)素敵なんですよ。
んー、憧れる。

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このポスターの内容のものではないのですがこんな方です参照に。

LIBRAIRIE6/シス書店 第9回企画~飯村隆彦「日本のダダと土方舞踏」展

飯村隆彦は1937年東京生まれ。
日本の実験映画の草分けの一人であり、1960年代にハプニングのオノ・ヨーコ、画家の赤瀬川原平、作曲家の小杉武久、暗黒舞踏の土方巽などの前衛芸術家の協力もあり、
8ミリや16ミリの前衛映画を個人で制作し、ギャラリ-やホ-ルでゲリラ的に自主上映活動を行なう。大林宣彦、高林陽一、ドナルド・リチ-、石崎浩一郎らと実験映画集団
「フィルム・アンデパンダン」を1964年に結成し、東京の紀伊国屋ホ-ルで日本の個人映画史上最初の実験映画祭を行なった。
1965年、オノ・ヨーコの音楽による実験映画「LOVE」が、ジョナス・メカスによって「ビレッジ・ボイス」紙上で高く評価され、ニューヨークにデビューした。
1966年にはハ-バ-ド大学国際セミナ-に招待され渡米、さらにニュ-ヨ-クのジャパンソサエティの客員芸術家として制作と上映活動を行なう。
1973年、ドイツアカデミ-の招きで、1年間ベルリンに滞在、キネマテ-クやベルリン芸術アカデミ-で個展上映、74年にはパリのシネマテ-クやポンピドウ・センタ-などでも
個展上映を行なう。ニュ-ヨ-クでは1974年に近代美術館、79年にはホイットニ-美術館で個展とパフォ-マンスを行い、個人映画作家として、国際的に評価される事となる。


摩訶不思議な映像は難解そのものでしたがどちらかというと好きな世界観。
三島由紀夫や寺山修司を思い起こさせる。

こういう機会もそうないのでお声かけ頂いて感謝。

しかしこのギャラリーのあるビルがいい。古くて。

今日行ってやっぱりいいと思った。悩む。。。。何を。。。。

秘密。






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by gota-de-fericidad | 2012-02-11 23:41
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